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2017.10.08

私の履歴書と今。

半生をふりかえってみる




1983年1月13日。
34年前にウチコは写真屋の末っ子長女として生まれました。

祖父祖母から続く写真館。
父も母も叔母も叔父も兄弟全員写真の仕事。
生まれて18年後、自分だけお菓子屋の道へ進むことをそのときはまだ知らない。

保育園に上がる前のことをよく覚えています。
本を読むのがとにかく好きだった。
絵本をひたすら読んで、字をとにかくかきたくて必死で練習していました。
五歳のときにかいた絵本がのこっていて
きっと自分で本を描きたくてたまらなかったのだとおもう。

保育園にあがってからも
本好きなところはかわらず、
でもよく1人で建物の裏に行っては
ネバネバする葉っぱを1人で裏ごしたり
なにかご飯みたいなものを砂利で作ったり。
お休みの日はどんぐりをひろったり、
ひんやりした鉄橋の下に砂鉄をあつめにいったり。。(笑)

とにかく1人で何かをするのが好きな子供だったのでした。

でも一番モテたのもこのころ、、(証人おらず。。)ほんまやで!(笑)

しかし花の時期はすぐにすぎるのでございます。。

小学校にあがると
友達づきあいに憂いをかんじはじめます。
なぜなら本を1人で読んでいたいから。。しかし意外にお友達にさそわれるチビウチコは実はいやいや鬼ごっこやかくれんぼに付き合う日々。。(笑)

はやくおとなになりたい。。
だって大人は自由なんでしょ?

そんな願いを持ちつつ、休み時間にお気に入りの木にのぼったり、
ジャングルジムの上にのぼって風を感じながら空を眺めるのが好きな子でした。

中学校にあがると
ひょんなことから柔道部に入学。
そして意外にのめりこんで
毎日毎日部活の日々。
それでも恋に勉強に部活にと
毎日必死で生きておりました。

高校はノストラダムスの大預言で
どうせ死ぬなら、部活をやろう!と
謎の理由で部活推薦で高校入学。
そこで3年生の夏はじめて将来を考えたのです。

世は空前のパティシエブーム!

綺麗なみたこともないケーキが本屋さんに行くとたくさん載っていて、

綺麗なものを作りたい!

美しいものをつくりだしたい。
漠然とあった想い。
そして手に職をつけたい!

女の子が世の中から消えない限りお菓子屋さんは無くならない仕事にちがいない!

なぜかそう信じた若かりしウチコは
親が【お菓子屋は儲からないよ!】という
ありがたいお言葉を無視して
お菓子の世界に飛び込んだのですっ!

今思えば
小さなころ
お母さんの本棚から貪るようによんだお菓子の本。
作ってみたくて、片っ端からまねをした。

うまくいかないことの方が多かった。

なぜ本に書いてあるのにうまくいかないのかわからなかった。。
お菓子屋さんのふわふわのスポンジが焼けることを心から尊敬していました。

いまでもおぼえている
はじめて小学生の時につくったくるみの砂糖がけ。

1回目はできたのに、2回目からは茶色くなる

それがわからなくて、
うまくできなくて

いまになってあのとき解けなかった謎が手に取るようにわかる。
それにすこしだけなつかしく、そして感慨深いものがありました。

その頃から、
食べるためにつくっているわけではないことは明確でした。

なぜなら食べたいと思ってつくることはあまりなく、

つくりたいと思ってつくっていたから。

理由なんて説明できない。

そのころからお菓子の魅力にとりつかれていたのかもしれませぬ(о´∀`о)

小さいころ裏ごした葉っぱ。
雪で作ったまあるいお菓子。
南天の実を潰したこと。
どんぐり団子のレシピをしらべたこと。

ちいさなころから
いまもやってることはほとんどかわらないのでした(笑)

お父さんのためにチョコをつくったこと。
ドーナツをあげたこと。
クッキーをつくったこと。

そのたびにわくわくした。

そしてうまくできなくてがっかりした。

でもそれでもやめなかったのはきっと私が
やるべきことだったからなんだとおもう。

引っ込み思案で内気で、
うまく人と話せなくて
自分に自信がない女の子は
それでもたくさん恋をした。

人を好きになりました。

嬉しかったり悲しかったり傷ついたりしながら、お菓子を学びながら
お菓子を作りながら、
自分のできることを探し続けました(о´∀`о)

就職して
仕事に追われて
たくさんうまくいかない時も
お菓子を作る仕事はとてもすばらしかったし、
またたくさんの人を好きになった。

それは恋だけでなく、友情に近い仲間との信頼関係や出会い

未だに仲良くしてくれる人ばかりで

あの頃の自分をあまり好きではなかったけど
そんなことなかったのかもと。

周りの人はわたしのことを好きでいてくれたんだとありがたい気持ちになるのです。

いまでもあの頃のことをおぼえていて
連絡してくれたり
人を紹介してくれたり。

ああ、頑張ってきてよかったって思う。


お店を新潟ではじめてすぐ結婚して
たくさん旦那さんに助けてもらう五年間のうちにたくさん勇気と愛をもらった。
残念ながら今年離婚してしまったのだけど
旦那さんに助けてもらった、
支えてもらった5年間は本当に楽しかったし、
いまでも近況を報告する仲です(о´∀`о)

いろんなことがあったなあ。

その中でわたしは今までしらなかった私をたくさんみることができた。


いろんなことを考えて
いろんなことを感じて

いま、ここにいる。

自分の天命はなんだろうと考え続けて
すこしずつ見えてきたものもある。

2017年はたくさんの動きがありました。

カフェにしたのも
自分の人生を選択したことも
誰かを傷つけたり
自分も傷ついたこともあったとおもう。

でもそれ以上にたくさんのことを
もらうことができたと今は思っていて、

それは自分を生きて行くという覚悟。

まさか1人でいきていくっ!!とかいう
独りよがりなものでも、
つっぱった考えとも違う。

そもそも1人でなんか生きて行くのは無理なんだし。

だけども、

自分のやるべきことは本当はもう全部決まっている

そんな気がしてならないのです。

心理学をまなんだり体癖の勉強におもしろくてのめりこんだのもすべて縁がつれてきた。

それは不思議なくらいパズルのピースがうまるみたいに起きたこと。

今起きているすべてのことが、
自分の生きているうちにやらなくてはならないことのために起きている。

だから、目の前に起きるすべてのことから
学ぼうと心に決めたのです。

全部うけいれる。

そして、すすんでいく。

人との縁はもう決まっていて
そのとおりに紡がれていく。

途中からまってもこじれても
必要な縁は繋がっていくんだとおもうんです。

そして自分がすべきこともきっと
不思議な力で引き寄せられて
そのとおりに感じてやりぬく。

半生をふりかえってみて
見えたものは
ぜんぶつながっていたってこと。

あのときも
あのときも

このときのためにあった。

想像できることはきっとできることだと思っている。

だから毎日毎日を見逃さずに生きよう。

大切に感じよう。

自分の感覚を研ぎすまそう。

たぶん私は人を救うために生まれてきたんだとおもうんだ。それはいろんな意味で。そして自分にしかできないやり方で。

なぜかわからないけど
そうおもう。


そんなことをおもう2017年10月8日。
です(о´∀`о)






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